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音鑑教育イベント

指導者のための鑑賞教室ご報告

 2005年8月16日、17日のお盆の期間を使って、音楽鑑賞教育振興会は日ごろお忙しく、演奏会に接する機会に恵まれない教員を対象に、松本記念音楽迎賓館を使い特別なコンサートを斡旋いたしました。
 第一弾はイタリアが誇る世界のオルガニスト、クラウディオ・ブリツィの演奏会。
 第二弾は初めて国立能楽堂で開催される市川右近らの歌舞伎「勧進帳」

 通してご参加くださった方にはきっと驚きと感激を味わっていただいたことと信じますが、その模様をご紹介いたします。

 ブリツィさんはとても気さくで悪戯っぽささえ見せる演奏家です。2年前にも草津夏季国際アカデミー&フェスティバルでの演奏と指導を終えた足で、音鑑のために演奏いただきましたが、今回は迎賓館に新しく加わったチェンバロの演奏もご披露いただく企画をお願いしました。


リハーサル中 楽器の配置にご注目!

 待ちに待った16日、音鑑の記録用に収録をするメンバーが、「まさかそれはしないよね」と準備から外して考えたそれが現実となってしまったのです。ブリツィさんはパイプオルガンの鍵盤に対し90度の向きにチェンバロの鍵盤が来るように注文。高さの違いはチェンバロに下駄を履かせて欲しいとのこと。つまり、彼は左手でオルガン、右手でチェンバロを弾いたり、両手はチェンバロ、脚はオルガンと言う演奏を披露するつもりなのです。調律も両楽器を合わせねばならず、空調で室温を一定に保つことになりました。
 さて迎賓館の茶室でまずは寛いでいただいたお客様をお迎えした曲は、概ねJ.S.バッハと同世代で40歳を迎えず亡くなったドメニコ・ズィポリというイタリアの作曲家のトッカータ。これで変な楽器の配置に不審気なお客様も直ぐ納得。二つの楽器が違和感なく響きを重ね奏でるではないですか?
 当然休憩タイムには話題騒然。こんな演奏をするように書かれた曲なのか?それともズィポリはブリツィの芸名で、実は自作自演なのでは?などとジョークも混じります。
 後半はJ.S.バッハの有名なトッカータとフーガそしてヴィヴァルディを編曲したコンチェルトBWV593で締めくくり。盛大な拍手に応えての質問タイムは当然その話題。
 彼のセンシティブなジョークと真剣な音楽上の回答を再現するのは難しいのですが、当日の口述筆記をいただきましたので、参加できなかった全国の先生のためにそのエッセンスを公開させていただきます。
「パイプオルガンはオーボエやフルートなどの管楽器の音を一度にたくさん出すために考案されました。一人で全部の楽器を吹き続けると疲れてしまいますよね。でもオルガンには管の響きという良さがあるのですが、足りないものもあります。
 一方チェンパロはもともと膝の上に乗せて、弦を一本ずつ弾いて音を出していた楽器が発展してできました。でも重いし、一本一本身体を伸ばしてはじくのはとても疲れてしまうので、工夫して鍵盤が付きました。どちらの楽器も演奏者が疲れないようにという配慮から生まれてきたのですよ。その代償として、直接吹いたり爪弾くデリケートさは失われましたけれど。
チェンバロも弦の響きの良さがあり、素晴らしい楽器ですが何か足りないものがあるのです。そこで、私はチェンバロとオルガンの両方を弾くことで相互補完ができると思いました。
 実は鍵盤楽器が生まれてきた時代の音楽は、どの楽器で弾けという指示はなく、ただ単に鍵盤楽器用という楽譜だったのです。オルガンでもチェンバロでもどちらで弾いても良いわけです。バッハもきっと両方を弾いたりしたのではないかと思います。あの大バッハも私も、同じようにオルガンとチェンバロ両方を演奏する、何という素晴らしいことでしょう。ところがバッハは既に亡く、私はここに生きている!
 このようにもともとはたくさんの楽器を演奏することで疲れないように、ということでできてきた楽器なのですが、今日、その両方を一度に演奏して私は疲れました!(笑)
 私は小さい時にまずオルガンを弾き始めました。そして次にチェンパロへと進みました。ところがオルガンを弾いていると家に帰って無性にチェンバロを弾きたくなってくるのです。逆にチェンバロを弾いていると、今度はオルガンが弾きたくなる、そんな毎日を過ごしていたのです。
 もっとも、オルガンは教会にあったり、チェンバロも高い楽器なので、一般庶民にはなかなか弾くことができるものではありませんでした。こうした楽器が共にあるところというのは、昔は宮殿でした。(ですから今日のお客様は王侯貴族と同じと言いたい)。
 自分は王侯貴族ではないですが、それでもオルガンとチェンバロの両方を一緒にした楽器を、ぜひとも演奏したい、ということで、「クラヴィオルガン」という複合楽器を作りました」。(アップル・マックでその2層楽器の写真を紹介)

この音楽迎賓館は30から40席の少人数でお聴きいただくのがベストと言うことに合わせ、お話に紹介された贅沢なこの演奏。音楽鑑賞教育振興会が付いていなければ視聴料は天井知らずということになってしまう演奏会だったと自負します。
 予定外のアンコールは足技の饗宴。東北を襲った地震を体験したお礼ではないにしても地響きサウンドまで満喫できました。翌日からの草津でのエネルギーが心配なほどでした。
 


高桑いづみ先生
 
8月17日受講者

 17日になるとじりじり照りつける太陽も、千駄ヶ谷の国立能楽堂中庭の苔を美しく浮かび上がらせる演出効果の中、音鑑向けの「能と歌舞伎の音楽」と題した講演がもたれました。約30名が独占状態でご高名な東京文化財研究所の高桑いづみ先生のお話をきくことができ、能の音楽として「隅田川」、歌舞伎の音楽としてその後実際に聴く「勧進帳」が取り上げられ、音楽に光を当てた有意義な体験にまずは納得。
 歌舞伎ファンと思われる和装もちらほらの能楽堂に場を移すと、能楽堂での歌舞伎を監修された観世榮夫さんと弁慶を務める市川右近さんの対談。今の歌舞伎の舞台と比べると、その発祥を思わせる能舞台は斜めも横も正面という開放感が、役者に緊張感をもたらし、あたかも小宇宙に演ずるがごとくとのお話が披露されました。
 また、司会の中村暁さんが、初日の昨日は、能楽堂始まって以来初めて客席から声が飛んだとご紹介があり、右近さんも「能だから拍手をどうしたものか?とならず役者を盛り立ててあげて」とアドヴァイスもありました。
 能楽堂に鳴る艶っぽい三味線の音を楽しみながら、狭い舞台ゆえに研ぎ澄まされた演技を楽しみ、幕切れの弁慶の飛び六法が歌舞伎とは違い、橋掛かりを使い、お客様から遠ざかるところに義経一行を追う弁慶の情が却って浮き彫りになるといった解説を確認し、鑑賞教室はお開きとなりました。付き添いであることを忘れ弁慶、富樫の心情に打たれる時間を過ごすことができました。
 こうして、2日間ともこれまでにない音楽体験をご披露できた訳ですが、それだけに何が起こるかわからなかったのです。設営協力してくださった関係者の皆様に感謝申し上げると共に、果たして次は何を仕掛ければこれに匹敵するものかと、頭を痛める主催者です。
音鑑の催しは外せない!こうした情報が広がることを楽しみにご報告を結びます。