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みなさん、目黒と聞いて何を思い浮かべますか?「目黒のさんま」(※)は良く知られていますが、あとは雅叙園、ホリプロ、庭園美術館といったところが有名でしょうか?パイオニアの本社も目黒駅から徒歩2分のところにあります。今回はパイオニアお国自慢ということで、東京、目黒をご紹介します。

1974年、本社を都内の大森から移転して以来、目黒はパイオニアの本拠地としてその歴史を共にしてきました。本社ビルの竣工式といえば、関係者を広く招いて披露パーティを行うのが慣わしのようになっていましたが、パイオニアはそれに代えて、自社製のステレオやラジオを、全国の僻地学校や盲学校、肢体不自由児施設に寄贈しました。「より多くの人に、より良い音を」というパイオニアの創始者、松本望の意思を反映し、目黒移転の記念として音のプレゼントをしたのです。こうして、より良い音の発信地として、パイオニアは目黒でのスタートを切りました。

当時の目黒は高層ビルがまだ少なく、住宅地として、小さな商店が店を構え、駅前の横丁にも多くの焼き鳥屋さんが軒を並べていました。赤ちょうちんと焼き鳥の匂いに誘われて、中年のオジサンたちが残業帰りに一杯やったものです。それが今ではレンガ敷きの歩道になり、スマートなビル街へと変わりました。また地下鉄が乗り入れ、首都圏のターミナルの一つとして発展を続けています。

1990年にはジャズスポット「ブルースアレイ」がオープン。柿落としにはあのマイルス・デイビスが来日し(単独ライブとしては、これが彼の最後の日本公演となりました。)以来ハイレベルなジャズライブが目黒のエンタテインメントに加わりました。目黒区内に12もの外国大使館があるせいでしょうか、エスニック料理を始めとした気さくで美味しいお店も増え、インターナショナルな雰囲気がさりげなく加わった、高いクオリティライフが普段着で楽しめる街になりました。

目黒の歴史はそのままパイオニアの歴史でもあります。移転当時、オーディオ中心の音響専門メーカーだったパイオニアも、DVD、プラズマテレビなどの映像系、カーナビなどのネットワーク系へと拡大・進化してきました。これからも目黒発で世界中の人々と感動を分ち合える、素晴らしいエンタテインメントを発信していきたいと思います。

※『目黒の秋刀魚』
落語の一つ。ある殿様が鷹狩の途中、目黒の農家で供せられたさんまの美味が忘れられず、後日家臣に所望したところ、蒸して油を抜いたりしたためすこぶるまずく、「さんまは目黒にかぎる」といった話。<広辞苑より>

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パイオニア本社 1974年 |
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