回顧と前進

第14話 好きこそ物の上手なれ-1

『松本望著「回顧と前進」』

財団法人「音楽鑑賞教育振興会」 ~ “音楽の感動を、より多くの人々に・・” ~

業界の多くの方には、多分馴染みは薄いと思いますが、財団法人「音楽鑑賞教育振興会」という教育事業団体があります。実をいうと、私が理事長(当時)をしておりその事務局も東京・目黒のパイオニア本社ビル内にあるのです。とはいっても、私自身が音楽教育について、別にはっきりした理論や理想をもって始めたわけではないのです。

私は常々「音楽は知識ではない、感動だ」といってきました。

この団体の目的とするところを平たくいえば音楽の感動を、あまねく、より多くの人々に享受してもらうための社会的、教育的な“環境づくり”のお手伝いをしよう、という点にあるのです。

「音鑑振興会」設立のきっかけは、パイオニア株式会社が創業30周年を迎えたときにはじまります。


音楽鑑賞教育振興会の表彰式で賞状を授与する筆者

その記念事業の一つとして、何か社会的に役立つ文化活動をしようという提案がなされました。

結局、ステレオのメーカーだから音楽鑑賞の振興を促すような教育事業が望ましいだろう、ということになったわけです。パイオニアもステレオセット・メーカーとして、どうにか一人歩きができるようになった昭和42年(1967)のことでした。

私は、永い間、今日“ステレオ”という言葉で代表される「よい音の再生」を目指した機器の製造に取り組んでまいりました。

この仕事で得たものを多少なりとも世の中にお返ししたい、という気持ちがあっただけです。

当初は任意団体の「パイオニア音楽鑑賞教育振興会」と称し、音楽作文の募集やヨーロッパ音楽視察団の派遣など、どちらかというとPR色の強い事業が主体でした。

私は、一介のオーディオ屋にすぎません。しかし、「音楽あってのオーディオ」という姿勢は、終始一貫して持ち続けてきました。したがって、音楽についての専門的な知識は何もないのですが、「音楽に感動する心」は人一倍持ち合わせているつもりです。

そしてまた、“よい音で、よい音楽”を聴くことは、「音楽する心」を養う基盤であると、強く信じてもいます。そこで、この振興会は、まず子どもたちに対し“よい音で、よい音楽”を積極的に聞かせていただくよう学校の先生方に対する啓蒙活動からその一歩を踏み出しました。

わが国の音楽教育の環境は、大変に恵まれています。とくに小・中学校の9年間の義務教育期間を通して、音楽がずっと必須科目であるということは世界の教育界にも類例がないほどです。

しかし、その中身に多少問題があるような気がします。

わが国の音楽教育は、他の国から輸入された、いわゆる“西洋音楽”を主体としています。

そのため、音楽を鑑賞するというよりも、歌い、演奏し、曲を作る、といった“表現活動”に片寄っているきらいがありました。これでは、音楽を“生涯の友”として行っていくだけの基礎を築くことはできないと私は思うのです。

つまり“表現教育”は、とかく音楽の専門的テクニックに負うところが大きいわけですから、学校生活の中で、たとえ積極的に推進されてもそれが家庭や社会にまで、さらに拡がっていくかとなるといささか疑問です。これに引きかえ“鑑賞”は、よく聴き、感じ、味わう習慣が身につけば、誰でも、それを終生にわたって継続して行うことができると思います。

また、音楽と人生の関係を、自分の力でより豊かなものにすることも可能でしょう。

昭和47年(1972)、パイオニア音楽鑑賞教育振興会を発展的に解消、より普遍的な公共性のある財団法人「音楽鑑賞教育振興会」の設立に踏み切ったのも企業活動の一環としてでは、この事業の推進はとてもおぼつかないと考えたからなのです。

この財団の基金は、私個人で出させてもらいました。今年は、財団になってちょうど6周年目に当るのですが、現在では、その年間の運営予算も1億円を超えるほど充実した活発な活動を行っています。

教育現場の状態を把握するための調査活動。新しい独自の理論と方法論を研究し、それを実践する研究及び研修事業。

さらには、月刊「音楽鑑賞教育」誌をはじめ、関係図書類の編集出版活動。第9回を数える論文・作文の募集と、海外音楽研修視察団派遣などの助成事業。

このほか、1万枚のレコードや数千冊に及ぶ書籍類など、音楽鑑賞教育関係の資料を網羅した「資料室」も事務局内に設けてあります。

全国各地の小・中・高校の音楽専科の先生方を中心とした会員数は、現在5千名に達しました。

このように、財団の事業は、常務理事をお願いしている村田 武雄先生など、数多くの教育関係者のご理解とご協力に支えられていまでは私の余生を捧げるに足りるだけの“価値ある仕事”に育ってきているのです。

私は、この事業の推進を通じて音楽との交わりをさらに深めていくことができましょうから、いずれは“オーディオ屋”の一枚看板を返上する日がやってくるかもしれません。